拡張知能 (Extended Intelligence)


この投稿はメディアラボ内の現在進行中の議論を元に教員・学生・研究者間での考えのまとめであり, 執筆は主にJoichi ItoがKevin Slavin の助けを借りて行った.

知能は基本的に分散した現象であることを念頭に我々は拡張知能(Extended Intelligence: EI)を提案する. ますます高度に情報を処理したりネットワークとして処理するツールを開発する中, 結局はネットワークとしてのEIに因子(アクター)を参入させているにすぎないのでは無いか.

[1][2]


訳: 山形 浩生/酒井 康史


AI(人工知能)がまたもや投資対象として世界規模に推し進められており, 新しいラボやカンファレンスが開かれ, その議論が一般ニュースメディアから学術界隈からさかんに語られている. それらは人間対機械に関してや機械の知能が我々をいつ超えるのか, また上回ったとしてそれが人間をペットとして飼いならすのか,あるいは果たして人類存続は害だと判断して殲滅かという議論をよく耳にする.

もちろん他にも見方はあるが,遡るとどのようにコンピュータと人間が相互に影響していくかという話に帰着する.

1963 年にジョン・マッカーシー 主宰でスタンフォード人工知能研究所が設立された. 当時そこの研究者達は10 年足らずで思考する機械を作ることが可能だろうと予想していた. 時をおなじくして, 計算機科学者のダグラス・エンゲルバートは後にAugmentation Research Center(強化研究センター) となる全く別の目的|研究者やエンジニアからなる小さなグループ, すなわち人間が持つ知能を基底にしてその上に展開・強化していくシステム|を掲げて研究を開始した. 以後40 年のあいだこの人工知能と知能強化の研究分野間の緊張感がコンピューター・サイエンス発展の中核を担い, 今日の強力なテクノロジーを作り上げ世界を変えてきた.

-ジョン・マルコフ

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"A Flight to Win the Future: Computers vs Humans" The New York Times(2011)

しかし, この人工知能と人間の知能を機械によって補強していく方法の違いを問う際に, 最初でおそらく最も根源的な疑問は, ここで語られている知能とは結局のところ何を指しているのかということではないだろうか.そもそも知能とは一主体の中に収まりきらず, 機械や道具によって拡張され, それらが相互作用し複数の主体や機械にまたがるネットワーク[2]として, 人間あるいは機械どちらか片方のみの集合が持つ知能より多く, また両者を融合させるものではないだろうか.

もし, 知能とはそもそもネットワークに介在しているものとするならば, 我々がさかんに「AI(人工知能)」と語っているものはこのネットワークとしての知能を強化しているものだとごく自然に捉えることは出来ないだろうか. また集合知と拡張される思考という概念が定着した昨今, 集合知からみた人工知能の影響を考える視座が必要なのではないか.

以上を踏まえ, 知能は基本的に分散した現象であることを前提に我々は拡張知能(EI)という枠組みを提案する. ますます高度に情報処理しネットワーク構築するツールを開発する中, 結局はネットワークとしてのEI に新しい因子(アクター)を参入させているにすぎないのでは無いだろうか.

マービン・ミンスキー

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訳者注:人工知能の父。MIT 人工知能研究所創設者の一人でメディアラボ創設にも関わった人物。マービン・ミンスキー
は人工知能をより使える機械をつくり上げるためのみならず, 人間の思考を機械を使って解明しようとしていた. この拡張知能という概念の構築によって, 我々の何が人間たらしめ, 我々がなぜここまで群として一人の頭蓋の外に知能を持ちえるのか理解する視点にならないだろうか.

おそらく我々は個体としてターミネータというよりはサイボーグのように見える未来が来るだろう. それは独立した個人というよりも, 人間と機械の混成からなるネットワークが今まで以上に強力な拡張知能を作り上げ,それぞれの因子(アクター)|ビット, 原子, 細胞, そして電子回路が適切に配置され, 同時にいろんな方法で交換可能だけど複雑な総体として強固に統合されている状況だ.

我々はこの拡張知能が賢くて, 倫理的で, 効果的である事を願う中, この集合としての知が結果的に最悪の方向に作用し, スタートレックに出てくるボーグのような超社会主義的な集団知能を構築するだろうか. [3]

そんなディストピアはよりよい機械学習を開発しても, あるいはこれらの研究にモラトリアム期間を設けたとしても避けることは出来ない. 代わりに我々メディア・ラボは人間と機械が交差する分野に集中して研究をすすめている, それが脳と臓器間の神経上の境界を扱っていようとも社会フィードバックを元にした機械学習を対象にしていたとしても.

人工知能に関する多くの投資の焦点が, 確率論的機械学習を推進し機械やロボットをさらに「賢く」することに対し,我々の社会や思想のネットワークが織りなす複雑な生態系を機械によって強化・補助することに我々は興味がある.

アドバンスド・チェスは人間とコンピュータがチームとして協同してリアルタイムに競技する実例である. これらのチームはどの個人棋士よりも、或いは単体のチェスプログラムよりも圧倒的強い. 人間同士が小さなグループを作り、ネットワーク化されたコンピュータと協同することで、更にこの効果は増強される.
アドバンスド・チェスは人間とコンピュータがチームとして協同してリアルタイムに競技する実例である. これらのチームはどの個人棋士よりも、或いは単体のチェスプログラムよりも圧倒的強い. 人間同士が小さなグループを作り、ネットワーク化されたコンピュータと協同することで、更にこの効果は増強される.


メディアラボではこの人間と機械, あるいは人工と自然の間のコミュニケーションとインターフェース(境界)に研究する機会が用意されており, 拡張知能における新しい適応地形をデザインし人間と機会の共進化を支持していく.

現在拡張知能は以下のトピックを包含する:

  • 人間の脳と神経システムを強化するために人間の神経と電子回路をつなげる(Synthetic Neurobiology and Biomechatronics)

  • 機械学習を使って脳が音楽をいかに認知するかを解明し, その知見を利用して大規模コラボレーションのための新しいモデルを確立、またそれによる個人表現の強化(Opera of the Future)

  • もし現代チェスにおいてアマチュア棋士とコンピュータのタッグが個人プロ棋士または単体のコンピュータプログラムを凌駕するならば, そのチーム間のインターフェースはいかなるものか, 機械が人間を置き換えるのではなく機械が人間の評価に基づく分析の模索(Playful Systems)

  • 現在の機械学習研究は主にエンジニアがデータと学習アルゴリズムを操作し, のちに実社会で試験するという順番で行われる. 我々は実際の各業界プロフェッショナルを学習ループに取り込み (human-in-the-loop machine learning)[4][5]、機械学習のトレーニングと同時に人間の意思決定を強化することで更に効果範囲を広くする事を考える.

  • ネットワーク知能の構築とそのネットワークがどのように思考し, 個人よりもどのように賢いのかを問う. (Human Dynamics Group)


  • 社交的なロボットと子供向けの学習技術を通して人間と機械間インターフェースを開発す(Personal Robots Group)

  • 社会をフィードバックループに取り込み, そこからえた倫理や社会規範を機械に学習させ, それを社会で実験し倫理的チューリングテストを行う(Scalable Cooperation)

  •  (意識・潜在意識のどちらかに限定せず) 人間が知覚可能なシグナルを利用し人間行為に影響を与えるウェアラブルインターフェースの開発(Fluid Interfaces)

  • 広く撒かれたセンサーとアクチュエータのネットワークによる人間の知覚と意思及び分散的知能を用い「存在」の拡張をする研究(Responsive Environments)

  •  デザイン行為をデザイナーが行うオブジェクトへの幾何学的操作として捉えるより、デザイナー同士の対話になるように, たとえば「もっと心地よくしよう」などといった感情や人間主体の知能をデザインツールに入れ込む方法(Object-Based Media)

  • 歩行者の行動を理解・予想・対応できる軽量な個人向け自動運転車の開発とその車両と自然に意思疎通をし操作者の知覚の強化と合わせた安全性の向上を考える(Changing Places)

  • 自分の心の状態を予報したり健康状態を監視するなど、人間とコンピュータの間に心の知能(Emotional Intelligence)を動員する. 特にモチベーション,肯定的感情, 興味, 出会いといった社会性を帯びた心理を研究する. これに従い年規模での長期に持続可能なウェアラブルデバイスを開発する. [6] (Affective Computing)

  •  (Camera Culture Group) では人工知能とクラウドソーシングを使って個人の健康と幸福を研究している.

  •  (Macro Connections Group) は(Camera Culture Group)と協同で人工知能とクラウドソーシングを使って我々の都市のさらなる理解と計画の可能性.

  • (Macro Connections) ではさらに年間約500 万人の訪問者に対してOEC, Dataviva, Pantheon, Immersionなどデータ可視化技術を提供している. 大衆から生成されるデータを大規模な社会・経済システムの衛星的視点で見せ人々を補助することで, ネットワーク化された知能を強化している.

  • Canan Dagdeviren との協同で脳と電子回路をつなげるために新しい素材, 機械工学, デバイスデザインとファブリケーションにまたがる戦略を探求している.このデバイスは脳に大規模な改造を加えず損傷の危険性を抑えるためにひねったり, 折り曲げたり, 伸び縮みさせたり, 包んだりしても性能を保つ必要がある. それに関連して脳内にもうけた機器との間の通信が可能なプローブ(画像による診察機器)の研究などを行っている.

このことさら不均質なプロジェクト群からなる様相がメディア・ラボの特徴である. しかしそれ以上にそれぞれ拡張知能という領域の具現化である. すなわち, 知能, アイデア, 分析, そして行動が一つのニューロンやコードの体系に収まりきっていない全体である. これらすべてのプロジェクトはこの中核的な思想を違う視点・体験・可能性を研究対象とともに価値として掲げ, この方法こそが知能の真に迫ると考えている.


参考文献:

[1] Affective Computing’s Publications.

[2] Borg (Star Trek). Wikipedia.

[3] Interactive learning with a “society of models”. Pattern Recognition. 30, 4, 565–581.

[4] Mixed-Initiative Real-Time Topic Modeling &&##38; Visualization for Crisis Counseling. 417–426.

[5] Networked Intelligence. Pub Pub.

[6] The Extended Mind. Analysis. 58, 1, 7–19.

[7] The Open Mind Common Sense Project. KurzweilAI.net.